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gooseの散歩

日々の出来事を綴るblog (兼、趣味の備忘録)

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祝 山中伸弥教授 2012ノーベル医学生理学賞 受賞

今日は、素晴らしいニュースを聞くことが出来ました。
京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)と英ケンブリッジ大のジョン・ガードン博士(79)が、2012ノーベル医学生理学賞を授与されたそうです。


著:日本科学未来館
監修:須田年生(慶応義塾大学医学部 坂口光洋記念講座 発生・分化生物学教授)
監修協力:京都大学iPS細胞研究所

理解力や想像力に乏しい私でも、幹細胞や未分化幹様細胞を医学(主に再生療法)に応用できれば、様々な疾病に対する治療の選択肢が広がることは分かっていました。
数年前にiPS細胞誕生のニュースを聞いたときには驚きと共に、正直半信半疑でした。
そこで当時、2010年9月に発行されたこの本を読んだのでした。
漢字が多い本を読むと体調を崩す私でも抵抗無く読む(見る)ことができ、iPS細胞について少しだけ理解を深めることが出来ました。
「iPS細胞について知りたいけど、難しい本は遠慮したい・・・」という人には御勧めの本だと思います。

※将来、癌化をはじめとする様々なリスクが低減し、この細胞が安心して臨床応用可能となり、
 多くの疾病の治療に効果を発揮してくれる事を願うばかりです。
 久しぶりの明るいニュースに、嬉しい気分の夜となりました。(^^♪
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「陸上競技版」4スタンス理論

以前に「4スタンス理論」を読み面白かったので、今回は「陸上競技版」を読んでみました。
なるほどな~と納得する点が多く、大変興味深く読むことが出来ました。


共著:鯉川なつえ・井上将憲
作:「陸上競技版」4スタンス理論

※・人は4つの重心のタイプに分類できる。
 ・タイプ別に体の動かし方には特徴があり、運動時にそれを踏まえた動き方をすることで、効率
  の良い安全な動作が可能となる。
 ・自分のタイプを知るための、判断方法が紹介されています。
 ・陸上競技の種目別に、タイプ別にどの様な特徴が現れるのかが解説されています。
 ・補強・リラクゼーション運動時にも、タイプ別の特徴が現れ、シューズの選択やヒモの通し方
  にも、その特徴が現れるとのこと。

☆自分はB2タイプだと思うのだが、時としてA2の動きがしっくりくることもあるのだが・・・(*_*)?

4スタンス理論

こんな本を、読んでみました。
購入したのは随分と前だったのですが、夏までに未読の本を読破してから読もうと決めていた1冊で、1ヶ月以上遅れましたが、先日未読本を読破出来たので、ようやく読むことが出来ました。

4スタンス理論。
考え方は随分と前からあったそうですが、私は今年知りました。
NHKディープピープルというTV番組の女子マラソンの回(出演者:有森裕子さん、千葉真子さん、山下佐智子さん)を見た事が、きっかけだった様に記憶しています。
読んでみると、凄くシックリと納得できる内容で、あっという間に読み終えることが出来ました。
・人の運動基軸は4タイプに大別できる。
 (スポーツ選手達の動きを具体的に解説しながら、その選手がどのタイプに分類されるかを表
 記)
・4タイプの内、自分がどのタイプに分類されるかを知り、効率よく安全に運動できるようになるた
 めに、タイプ別基本動作を解説。
・自分のタイプの基本動作を実際にやってみると、その動きに納得でき、運動時の体の動かし方
 について考えさせられる。


著:廣戸聡一
作:4スタンス理論

※この本を読んでみて、この理論について更なる興味が湧いてきました。
 この理論に関する著書が、他にも幾冊かある様なので、そちらも読んでみたいと思います。

☆疑問  重心がA typeの人が、bare foot running(fore foot runnning,natural running)を行うこと
 は、何となく適合しているように思える。
 しかし、重心がB typeの人は、どうなのだろう?
 トレーニングによって、重心位置は変化可能なのだろうか?
 

ニホンオオカミは生きている

先日読んだ「まぼろしのニホンオオカミ 福島県の棲息記録」に続き、こんな本を読んでみました。
タイトルだけ見ればゴシップやフィクションを連想させますが、内容はまったく違います。
また、先日読んだ本のように疑問は疑問のままで、まったくニホンオオカミの実像に近づけない・・・というスッキリしない印象はなく、ニホンオオカミや山犬の姿を少しだけ想像することが出来るようになりました。

在野の野生動物研究家である著者は、1997年から山犬の調査を始め、2000年7月8日の夕刻にニホンオオカミらしき動物に出会う。
その動物が何だったのか?ニホンオオカミとは何か?山犬とは何か?を知るために、自ら山中を歩き回り・観察し・資料を採取し・聞き込み調査し・文献を調べ・専門家に意見を伺う等することで様々な角度から検証し、真実に近付こうとする著者の約10年間に渡る研究記録です。
しかし堅苦しい読み物ではなく、一般読者にも読みやすいようにとの配慮から、文体は科学論文の形式をとらずに非常に読みやすいものとなっており、一気にのめり込んで読み終えることが出来るとても面白い作品でした。

著者の野生動物の真実に近付こうとする情熱と行動力、そしてもし絶滅種が生きているならば、今何かしらの手を打ちその種の保存に努めるべきであろうという熱い思いには、感服いたしました。


著:西田 智
作:ニホンオオカミは生きている

著者が目撃したニホンオオカミらしき動物の写真や、以前から見てみたかった、東大や和歌山大にあるニホンオオカミの剥製や、オランダのライデン博物館にある基準標本(ヤマイヌ)等の写真も掲載されています!

※・分類学というのは、思った以上に難しい学問なんだということを知った。
  (形態学・生態学・行動学等が総合的に判断され、分類されるのだそうだ)
 ・「まぼろしのニホンオオカミ 福島県の棲息記録」を読んだ際に抱いた疑問の中に、江戸後期
  や明治初期の人達はこれがニホンオオカミ、これは犬、これはそれらの交配種等と容易に区
  別できていたのだろうか?というものがあったが、やはりそれは困難だった様だ。
  (当時、西洋ではこの分野の分類学は存在したが、日本ではほとんど無かった様子)
 ・江戸後期・明治初期における狼の呼称と人との関係について
  一般の人の多くが、狼の姿を見たことが無かったが遠吠えは聞いたことがあるので、その存
  在は知っていた。
  猟師や山師等、山で生業を立てていた人達は、時折姿を見かけ「山犬」と呼んだ。
  それが、一般の人にも広がり「山犬」と呼ぶ人が増えたようだ。
  農民は、鹿やイノシシ等の害獣を捕食してくれることから「大神」と崇め祀ることもあった模様。
  しかし、1732年に狂犬病が日本に入ることで、人と狼の関係に軋轢が生じだした。
  以後、病死や駆除等により棲息数が急速に減少していったそうだ。
 ・そしてまず驚いたのは、ニホンオオカミという言葉自体が正式に使われるようになってから、
  さほど日が経っていないということ!
  (1960年出版の原色日本哺乳類図鑑/著:今泉吉典が最初とのこと)
 ・だからシーボルトが大阪で入手し送付した、オランダのライデン博物館にあるヤマイヌという
  基準標本=ニホンオオカミとする意見と、そうではなくニホンオオカミとは異なるとする2つの
  意見が現存するのだそうだ。
  (現在、動物学会では前者の意見を採用しているとのこと)
 ・つまり、分類する最初の段階が、非常にあやふやだったようで、それが今も尾を引く形となり
  意見を二分させる原因となっているようだ。
  (現在、基準標本となるのは1個体のみと決まっているそうだが、当時はその様な決まり事は
  無かったようで、ライデン博物館のヤマイヌの資料は4つあるそうだ)
  ☆シーボルト標本について
   1839:テミンク(ライデン博物館館長)により、タイリクオオカミとは異なる新種と判断
        ⇒和名「ヤマイヌ」、学名「Canis hodophilax」とした
    1880:ハックスレーにより、新種ではなくタイリクオオカミの小型亜種と判断
         ⇒学名「Canis lupus hodophilax」とした
    1890:マイバートもハックスレーと同意見と判断
    現在 :クリス・スミーンク(ライデン自然史博物館)は、野化犬と判断
         その他にも、見解は様々・・・
 ・現在、犬とオオカミの分類で、もっとも信憑性が高い判別方法は、頭蓋骨の比較だそうで、
  DNAではほとんど区別がつかないのだそうだ。
  (ということは、死体でなければ区別できないということになり、もし生存していても確認は困
  難ということか・・・いや、CTという手もあるか?)



※後日、東山動植物園へシンリンオオカミの観察をしに行きました。
 ニホンオオカミはタイリクオオカミと比較すると小型で、容姿も行動も異なる点が多々あったの
 ではないか?という考え方もあるそうですが、それならば似ている点もあるはずだと思い、観察
 したくなった次第です。
 8頭飼育されており、様々な行動や表情を観察することができ、この本に記されていたニホンオ
 オカミの特徴と一致する点を幾つも確認する事ができ、肉眼にはこの様に映るのだということが
 分かりました。
 驚いたのは、多様な表情を見せることでした。
 本に掲載されていたヤマイヌの標本は、いずれも吊り上った表情をしていましたが、シンリンオ
 オカミも似たような表情をすることがあり、かと思えば大変温和な表情を見せたりと、表情豊か
 なことに驚きました。
 個性も様々ある様で、一頭一頭行動にも特徴が認められました。
 ニホンオオカミはどの様な動物だったのだろう?と、シンリンオオカミを観察しながら思いを馳
 せる一時は、楽しい時間でした。

慟哭の谷

こんな本を読みました。
以前に著:吉村昭さんの「羆嵐」という小説を読んだのですが、その内容は大正四年の暮れに北海道苫前村六線沢で起きた「獣害史最大の惨劇苫前熊事件」が題材になっています。

その題材を記したのが、今回読んだ本の著者です。
林務官となり事件の真相究明が必要と感じていた著者が、昭和三十六年の春に事件地を管内にもつ古丹別栄林署に転任となったのをきっかけに、事件関係者の証言を聴取し、残された資料を考察し、昭和三十九年に第一作「獣害史最大の惨劇苫前熊事件」としてまとめ上げたのだそうです。

今回読んだ本は、災害発生から八十年にあたる年に、内容を充実させ出版された作品です。
当時の事件の内容が、大変分かり易くまとめられているだけでなく、事件関係者や事件地のその後の変遷や、捕殺された人食い熊がどの様に処分されたか、当時の事件の扱われ方(新聞)や、後年の扱われ方(小説・演劇・TVドラマ・漫画)などについても記されています。


著:木村盛武
作:慟哭の谷

※非常に簡潔に事件とその後の変遷がまとまられており、内容が把握し易く、読み易い作品でし
 た。
 著者の、事件の真相究明とその記録への情熱と行動力には、感服致しました。

まぼろしのニホンオオカミ 福島県の棲息記録

昨夜、こんな本を読み終えました。

昔、本州にニホンオオカミが棲息していたことは聞いたことがありました。
国立科学博物館を訪れた際には、剥製を見たりもしました。
そこで、ずっと疑問に思っていたことが2点ありました。
・江戸時代や明治時代の人々は、これがニホンオオカミ、これは犬、これはニホンオオカミと犬と
 の交配種等、容易に判断出来たのでしょうか?
 つまり学問的にニホンオオカミと識別出来たのでしょうか?
 ⇒何故なら、標本剥製を見た限りでは、自分では区別できないだろうと感じたからです。
・なぜ標本剥製等の資料が、ほとんど残っていないのでしょうか?
 (現在、日本にある標本剥製は、国立科学博物館・東京大学・和歌山大学の3体のみで、他に
 大英博物館等にあるそうです)
 ⇒かつて沢山棲息し、人との係わりがあったのならば、毛皮や骨等だけでももっと現存している
  はずでは?と思うからです。

そこでこの本を手にしたのですが、いきなりショッキングなことが記されていました・・・
あの国立科学博物館の標本剥製は昭和30年代に作り直されたもので、改作前の姿は大変貧弱で、犬骨が使われていたと・・・
はぁ~?・・・何だソレ?
言葉が見つからない・・・
そこで、この様な扱い方をするという事は、剥製を作成した当時(明治時代)、これがニホンオオカミ・これが犬・これは交配種というハッキリとした識別がやはり困難だったのでは?と改めて思うのでした。
いったい、ニホンオオカミとはどんな動物だったのでしょう?
何だか、とてもミステリアスで儚い存在のように思えてきました。


著:藤原 仁
作:まぼろしのニホンオオカミ 福島県の棲息状況

過去の様々な記録を丹念に調べ上げ、様々な角度からかつてのニホンオオカミの生息状況や人との係わり等を考察しまとめ、ニホンオオカミの実態に近づこうとされる著者の姿勢には、感服いたしました。
しかし、この分野への様々な疑問は、疑問のままで予想の範疇を脱していない事が多いというのが現状という事も分かりました。
この本を読んだだけでは、ニホンオオカミの姿がまだまだ見えてこないので、もう数冊他書を読んだ後、自分なりに整理してみたいと思います。

心に太陽を持て(胸にひびく話二十篇)

NHKの連続テレビ小説「おひさま」が放映されていますが、その中で「心に太陽を持て」という詩を読む場面があり、素敵な詩だなと思いこの本を手に入れました。

この本は、「日本少国民文庫」全十六巻の中の第十二巻にあたり、この文庫の第一回配本だそうで、胸にひびくような感動的な逸話を集め、その中の二十篇を山本有三氏が編著したものです。
氏は、熱心な人道主義だったそうで、昭和初期の満州事変や犬養首相暗殺など暗く険悪な情勢の中で人道が無視される傾向にあった世相において、子供達に博愛精神を吹き込みたいという思いが一因となり、この文庫を企画したそうです。

「心に太陽を持て」という詩は、西ドイツのツェーザル・フライシュレンという詩人の作品だそうです。
初版本の訳詩は、山本氏の「力強く生きよ!消極的な気持ちではなく、積極的に人生を切り開いて行きなさい!」という思いが強く、下記のものより勢いのある訳詩だったようです。
熱い思いを伝えたかったことが、よく分かりました。

「心に太陽を持て」
 心に太陽を持て。
 あらしが ふこうと、
 ふぶきが こようと、
 天には黒くも、
 地には争いが絶えなかろうと、
 いつも、心に太陽を持て。

 くちびるに歌を持て、
 軽く、ほがらかに。
 自分のつとめ、
 自分のくらしに、
 よしや苦労が絶えなかろうと、
 いつも、くちびるに歌を持て。

 苦しんでいる人、
 なやんでいる人には、
 こう、はげましてやろう。
 「勇気を失うな。
 くちびるに歌を持て。
 心に太陽を持て。」

 ーフライシュレンによるー


編著:山本有三
作:心に太陽を持て

※團 伊球磨氏により、この詩に曲が付けられたようです。
 どの様な曲なのか、ちょっと聞いてみたいです。
 この時期に、この本に巡り合った事は、きっと必然なのだと思います。
 幼稚化してはいけないのだと、改めて思うのでした。 

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